風車の願い-短編-

僕は、とある小さな港町に辿り着いた。あてのない、自分探しの旅の途中だった。

何の気なしに歩いていると、玄関先に風車の刺さった家を見つけた。
風が吹くたびカラカラと廻る風車を、僕は、暫くの間眺めていた。
どれ位経った頃だろう。偶然通りかかった老婦人が、僕に声を掛けてきた。
「おにいさん。あんた、他所から来たんかね?」
おっとりと、柔らかい感じのする人だった。
僕は、声を掛けられたことに驚いて、あ、はぁ・・・。と半端な返事をしてしまった。
だが、老婦人は柔らかな笑みを見せ、そうして、風車の方に目を向けた。
「ずぅっとあれを見とったようだが、気になったかい?」
再び風が吹き、風車は音を立てた。

「・・・・あれはなぁ、お守りなんだわ」
「お守り、ですか・・・?」
「そう。子供が無事、帰ってくるようになぁ・・・」
「子供・・・・・・?」
余所者の僕には、勿論理解することが出来ず、そう呟くしかできなかった。
でも、僕にしては珍しく、その話を詳しく知りたい、そう思った。
そんな僕の気持ちを、知ってか知らずか、
「おにいさん、急ぎかね?」
その問いに僕は、いいえ。と、短く答えた。目的のない旅だから。そう、心の中で付け加えて。
老婦人は僕の返事を聞くと、あの笑みのまま言葉を続けた。
「それじゃあ、うちに寄っといで。すぐそこだからね」
僕は、「え?」と、思わず振り向いていた。
「ほぅら、やっぱり。顔に書いてあるのよ、聞かせて欲しい、ってねぇ」
はっとした。
本当に書いてある筈がないのに、僕の手は顔を覆っていた。
思えば、照れ隠しだったのかもしれない。
あんなに素敵な笑顔に逢うのは初めてだったから。

案内されて訪れた家はこぢんまりとしていて、此処に住む人の心を映し出しているかのようだった。
玄関に一歩踏み込むと、何故だか懐かしい感じがした。
その理由が分からないまま、中へと促された。
「遠慮せんと、あがってな」
促されるまま、老婦人の後に続く。
床がひんやり、冷たかった。
「悪いけどそこの机、縁側へ運んでもらえるかね」
僕は教えられた通り、縁側へ向かった。
そこへ机を置き、自分も腰を下ろした。
何処からか猫がやったきて、僕の膝の上に乗るなり丸まって目を細めたので、背中を撫でてやった。
そのままぼーっと、庭先を眺めていると、ふいに声が掛かった。
「あら、その子・・・」
振り向くと、老婦人がお茶を運んできた所だった。
「その子、あんまり懐かない子なんだけどねぇ」
猫を眺めながら、ゆったりとした動作で腰を下ろした。
「さぁ・・・。風車のお話だったわね」
僕は背筋を伸ばし、はい、と答えた。
「・・・・始まりは、明治の頃らしいわ」
老婦人は、穏やかに話し始めた。

ある若い夫婦の間に男の子が生まれたんだが、ひと月も経たんうちに、大きい病気を持っとることが分かってな。遠くの病院へ入院することになった。 母親は坊やに付き切りで家を空けとって、残された父親はというと、仕事でなかなか見舞いにも行けない。
だからせめて、自分に出来ることはないかと、父親はある日、軒先に風車を括りつけた。
近所のもんが何事かと訊ねると、父親はこう答えたそうな。
「坊の為に作ったんだが、まだ一度も遊んでやれなくてなぁ。早う良くなって一緒に遊ぼうな、ここに帰って来いよ、って願掛けや。」

ここまで話すと、老婦人は一息ついた。
僕はもう、話に夢中だった。
「あの。それでその子は・・・」
気付くと、自分から質問をしていた。
老婦人は笑顔で答える。
「無事に、元気で帰って来たんよ。だから今でも、この辺りの風習として残っとるんだわ」

小さな町だけに、噂はすぐに広まり、それからと言うもの、子供が熱を出したり、風邪をひいたりする度に、風車を立てて治癒を願うようになったそうだ。 転じて、戦時中は夫や息子が無事戻るようにとの願いを込めて、風車を立てた家もあった、と。

そして現在。
僕が見た風車も、あの家に住む小さな子供が、病気を患って入院している為だと教えられた。
僕は、その子の病気の完治を、心から願った。
「なぁに、心配せんでもきっと大丈夫やわ。風車が回る度、願い事運んでくれるでね」
老婦人のその言葉は、僕に向けられてはいたが、何となく彼女自身に言い聞かせているようにも感じられた。
「日が暮れてきたねぇ・・・」
そう言って、老婦人は目を細めた。僕も夕日に染まった空を見上げた。
「そう、ですね・・・・」
この後どうしよう。夕暮れの時間になってようやく、その事を考えた。
すっかり忘れていたけれど、そのおかげでこんなに充実した気持ちになれたというのも事実だった。
僕はふと視線を落とす。膝の上には未だ、気持ちよさそうに眠っている猫がいた。
「この猫・・・・。もう暫く寝かせておこうかな」
どうやら声に出していたようで、老婦人は、僕の方を振り向くと一つ微笑んでから席を外した。

翌日、僕はざらりとした感触に目を覚ました。視線で探ると、昨日の猫が僕の手を舐めていた。
僕は猫を抱え上げた。
「おまえにも、お礼を言わなきゃな」
昨晩は結局、老婦人宅にやっかいになった。
ようやく、この旅の答えを見つけられた。そんな気がした。
僕は猫を抱えたまま、台所へ向かった。
「おはようございます」
幼い頃、初めて祖母の家に泊まったあの時の感覚に似ていた。

◇あとがき。◇
ここまで読んで頂いてしまって…。本当に有難う御座います。
この話は、私の印象に残っていることを織り交ぜて話に利用しています。
風車は、あるTV番組を見たとき。ヨーロッパの何処かの街で至る所に風車が立てられてて…。 その光景が印象的で、理由とか忘れちゃったんですけど、何か話に使えるなー、と。
それから猫ですね。これは小学校時代に利用してた、近所の床屋にいた猫がモデルです。
あまり懐かない子らしかったのですが、いつも私の膝の上に乗ってきたので、「めずらしい」なんて言われたり。
黒猫だったので、文中もそのイメージで書きました。

◇'06.7.24〜28にブログに掲載した話を、加筆・修正し掲載しました。

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