MOON CRYSTAL
Y
その晩、レイアの執務室を訪ねるものがあった。扉を叩くと中から声が掛かり、訪問者は部屋の中に入っていった。
部屋の奥には書類の積まれた机があり、その向こうに、書類を手に文面を追っているレイアがいた。
彼女は入ってきた人物を確認すると、一つ息を吐いた。
「まだ休んでなかったの、シェイド?」
レイアがそう言うと、訪ねてきたほう──シェイドは少し、苦笑いをして見せた。
「それはこちらの台詞です。今日は一段とお疲れでしょう?早く──―」
そこでシェイドの言葉は遮られた。レイアが、「これ」と言って書類の束を示したせいだ。
「お父様のやりかけの仕事、終わらせないといけなかったから。それに・・・・・」
「サラマとメナルのことですか」
「そう!あなたの責任よ。心配で仕事の効率が悪かったわ」
少々怒りの込められた言葉が返ってきたが、それをいつものことのように受け流すと、
シェイドは机の上の書類を手に取った。
「そうですね。では残りの仕事は責任を持って片付けておきます」
そう言って、一脚の椅子を持ち出すと、座って書類を捲り始めた。
その様子を見てレイアは呆気に取られていた。
「あ・・・あの?」
うろたえるレイアに、シェイドが声を掛ける。
「休んできていいですよ」
レイアはなおも、立ち尽くしていた。中空を見つめながら何やら言葉を捜している風だった。
「ええと・・・あの、そうじゃなくて・・・・・!」
「そうじゃなくて、何ですか」
シェイドのほうが一枚上手だった。軽く、意地の悪い笑みを浮かべながらレイアの顔を覗き込んでいる。
その視線に気付くと、レイアは思わず目を逸らした。
「ほら、今日・・・・散々雑用を頼んだじゃない。だから・・・・・」
最後の方は何だか聞こえなくなっていた。
シェイドは立ち上がると、手に持っていた書類でレイアの頭を軽く叩いた。
「まったく。『部下』を使わないでどうするんです?」
「なっ・・・・!」
咄嗟に頭を抱えたレイアは、シェイドを睨み付け何か言いたそうにしていたが、それ以上を彼が言わせなかった。
「分かった、じゃあ手伝うよ。2人でなら早く終わる。それならいいんだろう・・・・レイア?」
「・・・・・・ありがとう・・・・」
レイアは伏し目がちに呟いた。
翌日。陽も高くなり始めた頃、城内居住域への入り口付近―――。
そこへ突然、少女の声が響き渡った。
「姉さまにはあなたなんかの相手をしている時間はありません!どうぞお引取り下さい!」
だが、そんな言葉を投げられたほうは、たいして困った様子もなく頭を抱えるふりをして見せた。
「ひどいなぁ、ここまで来たのに。また君かい?リアム」
「また、とは何よ!その言葉そっくりそのままお返しします!」
リアムと呼ばれた少女は、更にまくし立てる。
「久しぶりにオルレアへ帰ってきたと思ったら・・・!どうしていきなりあなたに会わなくちゃいけないのかしら、ねぇ?テトレ!」
テトレ、と呼ばれた方は、慣れたように落ち着いた対応をした。
「さて。どうしてと言われてもなぁ。・・・・・偶然、だろ?それとも・・・・・」
彼はリアムに近づくと、その耳元で囁いた。
「それとも、運命、の方が良かったのかな?」
直後、リアムの平手が飛んできたが、テトレはそれを軽く受け止めた。リアムは止まった手を気にもせず、
「からかわないで下さい」
相手を睨み付けると、つかまれた手を振り払い踵を返した。
「状況は悪化の一途を辿るだけだ」
その声に、立ち去りかけたリアムの足が止まる。
一瞬、沈黙が流れた。風に吹かれた木々が音を立てる。
テトレは言葉を続けた。
「これまでとは訳が違う。真面目な外交だよ・・・・。取り次ぎ、してくれるね?」
リアムは何か考える風だったが、暫くして口を開いた。
「・・・分かりました。私も姉さまに報告がありますから――。一緒に行きましょう」
TOP
BACK
NEXT